オウムがサリンをばらまき、その牙を社会に対して剥いたのは、1995年3月だったと記憶している。阪神淡路大震災の2ヶ月後だった。そして、それから16年後の2011年3月、東日本大震災が日本を襲い、平田容疑者は出頭した。
1995年当時はオウム真理教の幹部たちが、アイドル気取りでさまざまなテレビ番組に出ていた。バブルの絶頂期から崩壊に至る過程でオウムに飲み込まれて行った彼らがどういう心境で、教祖なる存在に救いを、あるいは自らの解脱を、求めたのかは分からない。幹部の一人村井秀夫が殺害されるなど、ある種の熱狂がオウムを取り巻いていた。
この村井という男は神戸製鋼の元社員であった。大企業のエリートサラリーマンの転落という物語には興味はない。むしろ、今も私の心に残っているエピソードは、阪神淡路大震災の報道で知った神戸製鋼の無名の課長さんの活躍にあるからだ。
彼は、出社途上でがれきに生き埋めになった老婦人を救っている。その際、自らの所属する会社と自分の名を告げ、懸命に救助した。そして、その後すぐに会社に連絡し、出社時間が遅れることを連絡している。おそらく、この人物にとってそれは、ごく普通の所作であったろう。しかし、赤の他人であっても危機的状況にある人を放っておけず、また、社会人として連絡を怠らない、それが、敢えて言うなら人の道ではないだろうか。似非宗教にはまって、奇天烈な行動をおこすよりずっと、道徳的、倫理的な人間らしい振舞いではないだろうか。
1995年から16年後、さまざまな評論家の煽り文句によると、当時よりはるかに、日本は閉塞感に満ちあふれているらしい。しかし、東日本大震災は、日本人の素晴らしさを幸せとは何かを、経済価値というか金銭価値とは別のところで教えてくれたように思う。
だから、平田容疑者も損得ももちろんあるだろうが、それとは別のところで、「何をしているのだろう」と出頭せざるを得なかったのだ。彼を救ったのは、教祖ではなく、無名の日本人の規律的な振舞いだったと信じる。
by hanako2007
大阪は電気が余っていると思っ…